結婚式会場 大阪の真相
多数の部品が持つ機能を一個で実現できるはるかに複雑な半導体が登場して、高価格化の方向が可能になったのだ。
1971年、インテルのテッド・ホフは、集積回路の高価格化に関して究極の方向を見いだした。
コンピュータを構成する論理素子のほとんどを一つのチップに載せた、マイクロプロセッサを開発したのだ。
史上初のプログラム可能な蕊圏の誕生である。
賢いエンジニアなら、これに2、3個のメモリチップと補助的なチップを一つニつ加えて、手のひらに載る本物のコンピュータを組み立てることができる。
この新しいコンピュータにはソフトウェアがまったくなかったから、もちろん実際には何もできなかった。
しかしコンピュータが手のひらに載り、カウンター越しに商売できるようになったのだ。
シリコンバレーに方向転換を強いるには、それだけで充分だった。
外部の世界がシリコンバレーに失望したのは、マイクロプロセッサの発明のせいだった。
フェアチャイルドやインテルをはじめ、いまではサンフランシスコ半島の南端にひしめく多くのチップメーカーは、その時点まで農家のような存在だった。
こうした企業は小麦のようにチップを栽培し、電子軍需産業やコンピュータメーカーがこの小麦からロールパン、ベイグルやパンケーキを焼くようにコンピュータや兵器制御システムを作る。
ところがマイクロプロセッサの発明によって、シリコンバレーの栽培農家は突然、そのままでも食べられそうな作物を収穫するようになったのだ。
彼らが長い間、高級パン屋に小麦を供給してきたのは、カップケーキを発明してパン屋の地位から引きずり落とすためだった、まるでそんなふうに見えてくる。
しかし、コンピュータメーカーはインテルのカップケーキなど欲しくなかった。
マイクロプロセッサはこれまで作られてきた半導体部品のなかで最も高価だったが、それでもI社、DEC、コントロールデータ社が使うにはあまりにも安すぎた。
コンピュータは独立した部品を使って製造する、非常に複雑でとてつもなく高価な機械である。
こうした会社は、顧客にそう信じ込ませて富を築いてきたのだ。
それなのにマイクロプロセッサを使ってコンピュータを作ったりしたら、これまで慎重に進めてきた計画が台なしになってしまう。
マイクロプロセッサをベースにしたコンピュータは安すぎて製造できず、儲けが出ないほど安い価格で売らなければならないだろう。
さらに困ったことに、部品数が少ないぶん信頼性が増す。
そうなると、この時代の全ゴンピュータ会社の収益を左右していた保守による収入が減ってしまうことになる。
要するに大手コンピュータメーカーは、パーソナルコンピュータを開発するために必要なビJを持っていなかっただけのことである。
1960年代初め、ニューョーク州アーマンクにあるI社本部でこんなことがあった。
I社会長のT・W・ジュニアと社長のアル・Wズは、ビデオディスプレイ端末とタイムシェアリングを使ったコンピュータ処理の構想について概略の説明を受けていた。
これは従来のパンチカードを使ったバッチ処理に代わるものだが、二人はこのアイデアを理解できなかったのだ。
二人とも知的な人間だった。
だが彼らにとってのコンピュータの本来あるべき姿というのが固定観念にとらわれすぎていて、ビデオディスプレイ端末にまで頭がまわらなかったのだ。
説明がもう一度初めから繰り返され、アル・Wズの頭のなかでついに電球がはじけた。
「そうか、きみはデータ処理の話をしていたんだね。
ただし、いままでと違って、同じ部屋でやらなくていいということか!」と、彼は叫んだのだった。
I社はかって、短期間ではあるがテレプロセッシングと呼ばれるシステムを研究していたことが自分が最初に使いたいと思わなければ、ある特定のタイプのコンピュータを開発することはできない。
ところがアメリカのコンピュータ企業のリーダーたちは、自分のデスクにコンピュータを置きたいと思っあった。
簡単なコンピュータ端末を重役のデスクに置き、これを電話回線を経由して別の場所にあるメインフレーム・コンピュータに接続しようというのだ。
このシステムがあれば、ビッグポス・W会長は自分の会社の中心部をのぞき込み、マンシーエ場でどれだけの仕掛けが生産されているかを即座に調べることができる。
悪くないアイデアだった。
だが、この1960年代中期の研究の結果からI社が発見したのは、アメリカ企業の重役たちはタイプのやり方など知らないし、覚えたいとも思っていないということだった。
なにしろ、彼らはタイプをさせるために秘書を一雇っているのである。
中間管理職だったら、こうした端末をどのように利用しただろう。
残念ながら、これに関するデータは取られなかった。
中間管理職はこのシステムの対象ではなかったからだ。
その後20年間に何百万人もの経営学修士(MBA)が誕生し、彼らがタイプの技能やこうしたコンピュータ機器を使いこなす能力を持ち、さらにコンピュータを使って会社に大きなダメージを与えるほどの技術まで身につけようとは、誰も想像していなかったのである。
テレプロセッシングの話はこれくらいにしておこう。
なにしろ、これはまだ先の話だ。
I社のマーケティングの連中もこのテストの結果から、アメリカ企業の重役たちがコンピュータに関心を持つことはないだろうと信じることにしたくらいである。
ていなかった。
WとWズもコンピュータを売りはしたが、使いはしなかったのだ。
Wズの専門は財務で、彼の努力によってI社はコンピュータのリースを金脈に変えた。
Wは、I社の神様T・W・シニアの息子に生まれ、ブルーのスーツを着たI社の社員を指揮する立場の人間として育てられた。
コンピュータを設計したり、使ったりするように教育されたわけではないのだ。
WやWズのデスクには、コンピュータ端末はなかった。
二人は端末を信用する会社のために働いていたわけではないのだ。
彼らのビジネス対象は、あくまでデータ処理である。
I社において、データ処理とは何百もの4角い穴を開けた紙のカードの束を意味する。
丸い穴ではなく4角い穴だ。
丸い穴はユニバックのものである。
コンピュータ企業の多くは、マイクロプロセッサを拒否した。
マイクロプロセッサは単純すぎて、複雑なメインフレームの魔法が使えないというのである。
こうした企業の考え方は間違っていたが、そこに勤めていた半導体技術者たちは間違えなかった。
彼らは勤め先を辞めて、新世代のベンチャー企業に飛び込む用意ができていたのだ。
彼らが今度組み立てるのは単なるチップやICではなく、完全なコンピュータだった。
しかし、半導体ビジネスで成功するためのルールには従っていた。
絶え間ない製品開発、一、二年ごとの新製品ファミリーの投入、何はともあれ機能向上、ともかく同機能を持った製品の値下げ、標準化、そして量産、量産、また量産……である。
パーソナルコンピュータに対する理解が生まれ、パーソナルコンピュータが現在とは比べものにならないほど私たちの生活に浸透する頃には、パーソナルコンピュータの概念そのものが変化しているに違ないだろうが。
社会が新しい情報テクノロジーを日常生活に取り入れるまでには、およそ30年程度かかる。
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